学習者用デジタル教科書ってどんなもの?効果は?〜GIGA環境にあわせて前向きな議論を

GIGAスクール構想で児童生徒のPC1人1台環境が実現すると、「学習者用デジタル教科書」が使いやすくなります。デジタル教科書がどういうもので、現時点で、どんなメリットが上がっているのかをまとめました。デジタル教科書を不安視したり否定的にとらえる声の中には、そもそもどういうものなのか知らないだけなのでは?と感じる内容も見かけるので、まずはどんなものなのか参考にしてみてください。最後の部分でデータフォーマットに関する問題提起もします。
<2021.9追記 学習者用デジタル教科書の購入&使用レポート公開しました>

学習者用デジタル教科書ってどんなもの?

「学習者用デジタル教科書」とは?

デジタル教科書には「指導者用デジタル教科書」と「学習者用デジタル教科書」があります。

「指導者用デジタル教科書」は先生がプロジェクターや電子黒板で教科書を表示したり、収録された音声、映像教材を流したりするために使われます。教員用のパソコンや教室へのプロジェクター整備ができていた学校では、先生によって個人差がありますが、すでにそれなりに使われています。

一方「学習者用デジタル教科書」というのは児童生徒自信が自分のPCで自分のために使うもので、「指導者用デジタル教科書」とは別に作られます。正式に紙の教科書のかわりに使用できるようになったのは2019年4月からで、まだ最近のことです。ただし「学習者用デジタル教科書」の使用は各教科等の授業時数の2分の1未満にするという条件つき。また、紙の教科書が無償給与であるのに対し、デジタル教科書の費用は別料金で購入する必要があります。まだ紙の教科書の置き換えというよりも、追加の特別な教材というイメージから脱せない消極的な位置付けです。

現在、文部科学省では「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」が行われていて、より積極的な活用に向けて議論されています。2021年3月17日には中間まとめPDF)が公開され、今後の方向性が示され、使用を2分の1未満の時数にするという条件の撤廃が提言されるなどしています。

デジタル教科書は紙となにが違うの?

「学習者用デジタル教科書」は、紙の教科書と同一内容がデジタル化されたもので、教科書会社が作成します。これまで取材時に触れたデモ版や各社がウェブで公開しているサンプルを見る限り、基本的なデザイン、レイアウトはあえて紙の教科書と同じにしてあり、拡大や表示方法の切り替え等が機能として提供されています。

紙の教科書にはない動画等のコンテンツが収録されていることが多いですが、それらの資料コンテンツは厳密には「学習者用デジタル教科書」の一部ではなく「教材」という扱いになっています。とはいえ、動画や音声コンテンツを盛り込んできたのがかつてのデジタル教科書でしたから、「教科書」部分だけにするために、教材とみなされる付加コンテンツを削った印象を受ける「教科書」バージョンと、付加コンテンツ、付加機能を含んだ「教科書+教材」バージョンの両方を教科書会社が提供しています。

学習者用デジタル教科書
出展:「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン(改定案) 」(p4)。必ず元資料より引用してください。

上の図が掲載されているガイドラインは、「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」第8回の資料として提示されたものです。改定のための赤入れがされた資料でいずれ新しくなるはずですが、デジタル教科書の位置づけや方向性を確認するにはこの資料を参考にすると良いでしょう。

学習者用デジタル教科書の効果

学習者用のデジタル教科書活用のメリットをいくつかあげておきましょう。

音声との連動ができる

多くのデジタル教科書が備える機能のひとつが音声読み上げです。例えば、英語の学習なら、音声の読み上げ機能があることは大きなメリットです。英文や単語を見ても読めない、発音がわからない……というときに、文字を押したら音声が出てくれば学習効果は格段に上がります。文字と音声を連動させて頭に入れる助けになりますし、リスニング、スピーキングの練習になります。

また、国語などほかの教科においても、読み上げの機能は、特に「読み」に困難さをかかえる子どもにとって内容理解の大変な助けになります。困難さにはさまざまな程度があり、特性が強い子だけでなく、「なんとなく耳からの情報の方が頭に入りやすい」という子にとっても学習の効率を上げる助けになるでしょう。

デモや機能紹介動画でチェックする限りでは、教科書会社によって、音声の実装方法が違います。英語の「学習者用デジタル教科書」同士で2社を比較してみただけで以下の違いがありました。

<東京書籍>
英語/音声再生ができるが、文字を押して音声が出るスタイルではない。
参考ページ(デモを利用できます)
<三省堂>
英語/本文テキスト部分を押すとその部分が再生されたり、読んでいる箇所がハイライトされたりする。
参考ページ(動画で機能紹介があります)

私は、音と文字の連動する機能が欲しいと思い、デジタル教材を自作する方法をご紹介したこともあるので、せっかく音声読み上げ機能をつけるならば、音声と文字が一体化した後者のスタイルが学習効果が高いと考えています。

要約や思考のための補助機能

例えば長い文章を読んで内容をまとめるとき、デジタルデータの資料ならば、コピー&ペーストで引用しながらまとめるということを、大人の仕事の世界ではみなさん当たり前にやっていると思います。

「学習者用デジタル教科書」は、プロテクトがかかっていて、テキストを選択してコピー&ペーストすることはできないのですが、コピー&ペーストにちかい便利な引用ツールや、思考整理のためのツールが機能として実装されているケースがあります。こうしたツールは、特に「書き」に困難さのある児童生徒にとって、書く作業に阻まれずにダイレクトに思考に入れるので大きな助けになります。特に困難さがない子どもの場合も、手書きで全て行うよりも速いスピードで思考する様子が見られます。

光村図書のこちらの事例記事は、その特徴がわかりやすいので参考にご覧ください。
→「学習者用デジタル教科書が学びを変える〜青山学院初等部〜授業実践編インタビュー編」(光村図書出版)

取材執筆を私が担当した記事ですが、先生方の考え方や授業設計がデジタル教科書を使うことで変化した様子が印象的でした。

子どもに選択を委ねる

他にも私が取材したケースでは、先生方は、すべてをデジタルに切り替えるということにこだわっているのではなく、紙の教科書と併用したり、デジタルでも紙でも自分が使いやすい方を使えるという選択権を子ども自身に渡すという使い方をしています。自分の特性を知りながら、読むことや書くことに対して、子ども達が自分にとってより快適な手段を選べるようになるわけです。選択肢が増えるということが、子どもにとってマイナスになるはずはないでしょう。

子どもに選択を委ねるという点が深掘りされた実践と先生方の議論はこちらの取材記事を参考にしてください。
→「1人1台とデジタル教科書で、学びが困難な子が救われる――「東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナーVOL.3」レポート」(インプレス「こどもとIT」)

自分の特性にあわせて認識のしやすさを変えられる機能には、背景色や文字色などの表示設定、総ルビ表示、画面サイズにあわせて流動的な表示をするリフローなどがあります。すでにそうした機能が備えられているデジタル教科書もあります。

デジタル vs 紙ではなく前向きな検討を

デジタルだと思考力が落ちるのでは?、文章力が落ちるのでは?、というのは、多くの先生が心配することのようですが、実際にデジタル教科書の機能系ツールを使った先生方の声はむしろ逆で、思考を加速させたり、いままでアナログの手段では身動きが取れなかった子ども達が思考に入るハードルを下げてくれているという実感を聞きます。

もちろん紙には紙の良さがあり、情報を紙面の文字の配置や書籍の空間的な位置で把握するタイプの人にとっては、デジタルの情報収集に慣れるのには時間がかかるでしょう。どちらにもそれぞれの良さがあります。私自身、書くこと読むことに関しては、デジタルでないと到底処理できないこともあれば、いまだに紙でないと苦手なこともどちらもあります。学校でアナログな手段の学習がなくなるはずはなく、単にアナログもデジタルも手段として境目なく混ざり合い共存していくだけのことです。

リアルな社会では文書の電子化は加速していて、公的な情報もビジネスの世界もアカデミックな世界もデジタルデータで正式な情報がやりとりされるようになってきています。さらにせっかくGIGAスクール構想で1人1台のPC環境が整うというタイミングで、デジタルvs紙という対立構造で論ずるのはあまりにも雑な話でしょう。中身を知らずに「デジタルだからダメ」とばっさり切り捨てているのだとしたら、ちょっともったいないと思うのです。

フォーマットは検討の余地あり

「学習者用デジタル教科書」は黎明期であり、私は活用効果には強く共感する一方で、まだ課題に感じていることもあります。例えばコピー&ペーストができないようにプロテクトがかかっていたり本文の検索ができなかったりと、一般的なデジタルデータの利便性が失われていることです。

シンプルに本文をコピー&ペーストできるようになれば、まとめや思考ツールは自由に他の汎用ツールを使うことができます。これがデジタルデータの自然な使いであり、使いこなす力にもなるでしょう。日本語が母語でない子ども達は、手軽に翻訳ツールにかけられるので、言語を習得しながら同時に学習の内容に入ることができます。

教科書のテキストがコピー&ペーストができないのは、権利保護や不正防止などのためなのかと想像していますが、今は、必要ならばスマホのアプリひとつで、紙に印刷された文字をデジタルテキストデータ化できる時代です。プロテクトをかけることがどれほどの抑止力になるでしょうか。抑止力があるとしても学習効果を下げる不利益の方が大きいように思えます。

機能をデジタル教科書側にどんどん盛り込む傾向も危うさを感じます。このまま進むと独自機能を抱え込んだバラバラの使い勝手の電子教科書が乱立してしまいます。せめてデータフォーマットとビューワーは統一して、ビューワー側に各種機能を持たせるなど、なんらかの方法で機能とコンテンツを分離する方針が必要だと思うのです。読み上げや拡大表示、表示設定などの機能は、実はPCのOS側に「アクセシビリティ」の機能として備わっていますから、デジタル教科書に機能を盛り込まずに、OS側の機能を使える程度にデータフォーマットの汎用性を高めるというのもひとつの考え方です。

ウェブの世界を例にすると、かつては、ウェブページの側に、文字サイズ拡大/縮小などの機能を持たせることが流行った時期がありましたが、現在では、ウェブページ側に機能を実装するのではなく、ビューワーであるウェブブラウザやOS側の表示切り替え機能に委ね、それらの機能をロックしないようにデータを作るのが主流です。また、読み上げソフトに対応したアクセシビリティの高いデータの作り方は以前から広く共有されています。現在ウェブの情報がこれだけ広く利用されるようになったのは、HTMLとCSSで作られるデータフォーマットのルールが世界的に広く守られ、それを表示するビューワーであるウェブブラウザが、フォーマットのルールにのっとった再現性を保ち、独自路線に走りすぎない程度に複数共存できているからです。

デジタル教科書の世界で教科書内に機能を抱え込む傾向は、こうしたウェブの世界の流れからみると、時代に逆行しているように思えます。ほかにも現在流通している電子書籍から学べることも多数あるでしょう。それらの前例に学んで、今から見越せる課題は検討しておいて欲しいと強く願います。ユーザーである子ども達にとっての使いやすさを第一に考えると、フォーマットを統一したり、デジタルツールとしてメンテナンス性の高い構造にすることがおのずと重要になるはずです。

すぐに解決できないことも多く、現状の制約の中でベストな形で出すということになるのは当然ですから、現状のデジタル教科書のスタイルやそれを使った実践を否定するものでは全くありません。むしろ肯定し応援しています。ただし、検討会議等においては、先を見すえて、特にコピー&ペーストの件やデータフォーマットについてはもっと議論と検討を重ねて欲しいと思います。

まだ始まったばかりの学習者用デジタル教科書。「デジタル」と聞いただけで疑問視したり、デジタルvs紙に落とし込んでしまうのではなく、まずは知るところからはじめて、プラスの面にも検討課題にも目を向けて、前向きな議論につながることを願っています。

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狩野 さやか

株式会社Studio947のライター、ウェブデザイナー。技術書籍の他、学校のICT活用やプログラミング教育に関する記事を多数執筆している。著書に「デジタル世界の歩き方」(ほるぷ出版)、「ひらめき!プログラミングワールド」(小学館)、「見た目にこだわるJimdo入門」(技術評論社)ほか。翻訳・解説に「お話でわかるプログラミング」シリーズ(ほるぷ出版)。

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1件の返信

  1. 2021-09-02

    […] 先生用ではなく、児童・生徒側が使うデジタル教科書のことを「学習者用デジタル教科書」と呼びますが、これを個人で購入できるかどうかは、教科書会社によってまだ違います。中学 […]

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