小金井市立前原小×松田孝校長3年目のプログラミングのカタチ
東京都小金井市立前原小学校は、小学校のプログラミングではよく名前の上がる公立小学校です。松田孝校長先生の着任以来、この3年間で猛スピードで「新しい学びの形」に挑戦してきました。切り口となったのはICTの活用とプログラミング教育。この3年間で形を変えながら発展してきました。
2019年2月23日(土)には全校の授業公開とICT活用とプログラミング教育に関する報告会が開催されましたが、それより少し早い時期に3年生〜6年生のプログラミングの授業にお邪魔してきました。
まるでクラブ活動のような授業が実現!
前原小学校の3〜6年生は、総合的な学習の時間を活用してプログラミングの授業をしていますが、教室に入ってみるとなんだかクラブ活動のような雰囲気。3学期からは3〜4年生、5〜6年生でそれぞれ学年を混ぜて、複数のテーマから好きな授業を選べるようにしたのです。
1〜2学期はクラスごとに進めた上で、3学期はより個々の興味に合わせて主体的に取り組める工夫がされました。
選べる授業はこんなにバリエーションが豊富です。どのクラスも通常のクラス担任の先生が手分けして受け持ちますから、先生方もがんばっています。
[3〜4年生]
・GarageBand
・RoBoHoN
・IchigoJam
・micro:bit
・Minecraft
[5〜6年生]
・Studuino
・LEGO EV3
・IchigoJam
・micro:bit
・JavaScript
テーマによって、ほどよく男女も学年も混ざり合いつつ、micro:bitを使ったものづくり系はどちらかというと女子が多いのが目立ち、RoBoHoNのような完成品ロボットへのプログラミングは、4年生より3年生が多い印象です。
前原小のプログラミング授業のねらいは「表現を楽しむ」ということ。こうして子ども達がプロジェクトとして自分で取り組みたい内容を選べるというのは、この授業のねらいにぴったりです。従来の一斉授業のような雰囲気はなく、教室内の空気が動いていて、子ども達がいい意味で「好き勝手に」やりたい気持ちを外に出しているのがわかりました。
前原小のプログラミングのカタチ
前原小は1年生からプログラミングの時間を確保して、学年にあった教材を選定して活用しています。行き着いたのはIchigoJamを軸にしたひとつの流れでした。
IchigoJamというのは見た目は基板ひとつ分の小さなコンピューターで、画面(ビデオ入力端子で接続できるモニター)とキーボード、電源をつなぐだけで使えます。子ども用のプログラミング学習用に作られたもので、Basicというプログラミング言語を黒い画面にタイプして使います。
低学年では、Basicのコードをタイプせずに指示カードを並べるような方法でIchigoJamにプログラミングできるCutleryAppsを活用し、中学年からは徐々にBasicのコードをタイプすることに移行します。6年生になるとIchigoJamから派生したIchigoDakeでJavaScriptにも挑戦します。
IchigoJamでプログラミングをして実際にコントロールするのは、基板のLEDだったり、カムロボットというロボットだったりと学年によって変化していきますが、常に基本的にはIchigoJamを使い、JavaScriptもパソコンからではなくIchigoDakeで使っています。
なぜIchigoJam?〜現場感覚から生まれた体系
世の中には様々なプログラミングツールがあるので、目的によっては、IchigoJamを介するよりもパソコンを使った方がよりシンプルなセッティングで同様の学習環境を作れる可能性もあります。なぜIchigoJamを主軸に置くという形に行き着いたのでしょうか?
松田校長先生に経緯を聞いてみると、子ども達の様子を見ながら次第に形が決まっていったそうです。プログラミングの手段や出力する先が変わっても、常にIchigoJamという同じモノを扱っているということが、子ども達にとって大切な一貫性になっているといいます。確かに子どもにとって、実際に手にするモノから受ける肌感覚は重要なポイントかもしれず、子ども達の反応に日々接しているからこその現場感覚から生まれた体系だと感じさせられました。
IchigoJamを軸にしたのは、他にも、Basicを扱うのでテキスト言語に早くから触れられることや、基板そのものなので、実際手にして子ども達がコンピューターの仕組みを実感しやすいという理由もあるそうです。片手におさまる小さなコンピューターという存在から子どもたちが肌で感じることもあるでしょう。
なお、決してIchigoJamだけに限定しているのではなく、先にご紹介したとおり、他にも、アーテックロボ(Studuiono)や、LEGO EV3、micro:bitなど他のツール群も実に幅広く同時に活用しています。
公立でもここまでできる!を実現した覚悟と瞬発力
松田先生の校長室にはプログラミング関連のツールがところ狭しと置かれていて、あれもできそうこれもできそう!、と楽しい気持ちになります。ドローンも出てきましたから、いずれ授業で活用される日も来るかもしれません。着任以降、手を尽くしてICT環境とプログラミング環境をスピード感を持って整備してきた松田先生は、市区町村主導ではなく、学校主導で「公立の学校でもここまでできる」を実現してきました。実現に重要なのは、やると決める覚悟と瞬発力だという松田先生の話に、今の子ども達に必要とされているのも、そんなふうに「やってみる力」なのだろうと感じさせられました。
ひとつの事例は全ての学校にとっての正解ではない
今回ご紹介した前原小の選択は、IchigoJamを主軸にすることでした。ただし、IchigoJamを導入することがどの学校にとっても正解というわけではないでしょう。IchigoJamはそれ自体がコンピューターですから、パソコンと接続することなく独立して使います。学校に既にパソコンが導入されているならばパソコンの活用を前提にプログラミングの学びを組み立てれば良いわけですし、逆にパソコンをそろえる予算のない学校が安価にひとり1台のプログラミング環境を作るには、IchigoJamをそろえるという選択肢もあるでしょう。条件次第で選択肢は変わります。
この事例で重要なのは、前原小学校が、さまざまな手段で機器をそろえるところから始め、外部の人材との出会いや協力を経て、試行錯誤を繰り返して3年目にこのカタチに至ったということです。そうして切り開いてきた道のりに大きな価値があります。私は2017年にも前原小学校の授業を見ていますが、当時の内容や状況、体制からさらにぐんと変わり、時間と共に整理され、変化し続けてきたことをはっきりと感じました。このカリキュラムは、きっと固定することなく今後も改編され続けるでしょう。
現在の前原小の機器状況を点で見ると、タブレットかパソコンが児童に十分に行き渡った上で、IchigoJamもあり、その他ロボット系やmicro:bitなどさまざまなツール群も豊富にあるという「とても真似できない」印象のラインナップになっています。ただ、だからといって「前原小は特別」と言ってしまうのではなく、前原小もイチから試行錯誤した末にこのカタチに現在至っただけなのだ、ということをぜひ知っておいて欲しいと思います。