授業のあり方を問い直す視点が共通項!〜東京学芸大学「教育フォーラム2018 タブレット活用とプログラミング教育」レポート
東京学芸大学は教員養成で歴史のある国立大学で、附属の幼稚園、小学校(4校)、中学校(4校)、高等学校、特別支援学校があり、大学の研究の実験・実証をする環境に非常に恵まれています。その東京学芸大学と3市連携IT活用コンソーシアムによる主催で、12月1日(土)に「教育フォーラム2018 タブレット活用とプログラミング教育ー新たな学びに向けて!ー」が開催されました。
教育の専門性が高い東京大学で行われたフォーラムではどんな声が出てきたのでしょうか? 学芸大学の附属小学校だけでなく、大学の先生や地域の学校の先生方の発表もあり、様々な方向からプログラミングやICT活用の報告がされたにもかかわらず、全体として「授業のあり方」を見直すという共通項が浮かんできました。
フォーラムの実践報告のポイントを筆者の感想も交えながらご紹介したいと思います。
映像という表現手段と映像制作で培われる視点
東京学芸大学 准教授 中村純子先生
[主な内容]
国語表現の新しい形として、Instagramや動画に注目。写真とハッシュタグの組み合わせでさまざまなストーリーを語る実習や、文学作品の解釈について考えをまとめ動画で表現するワークショップについて紹介しました。
[ポイント]
今は、決まった枠に静止画像やテキストをはめ込んでいくだけでドラマチックで印象的な映像が簡単に作れるアプリがたくさんあります。動画のワークショップでもiMovieのテンプレートが使用されている様子でした。この事例では、ゼロから撮影し編集する映像制作技術を磨くのが主眼にあるわけではありません。国語表現のひとつの選択肢として映像を含むビジュアルとテキストを組み合わせた表現が成立するということ、また、それを制作する過程で、表現したい内容についての理解がさらに深まるということが示されました。
白百合学園中学高等学校 情報科教諭 森棟隆一先生
[主な内容]
学芸大附属高校勤務時代に授業で生徒が短い学校CMを作った例と、現職の白百合学園で放送部が学校説明会で流す8分の学校紹介動画を作った例を紹介しました。
[ポイント]
生徒がコンセプトを決めから撮影、編集までしているので、映像の構成力や編集技術を含めてのクリエイティブな能力が問われる映像制作でした。こうした映像制作を手段として、生徒たちの知的財産権への意識を育てることを目指しているという話が印象的でした。例えば、公民の授業で著作権を扱ったときに、生徒たちからユーザー視点だけでなく作り手視点の意見がバランス良く出てくるようになったという展開もあったそうです。単に映像制作の技術を磨くというのではなく、ものごとを見る視点に広がりを与えたということでしょう。作り手視点を持つことは、メディアに流れる情報を読み解く力にもつながります。
個別の学びへの動機付けと英語教育で大切な状況設定
附属世田谷小学校 教諭 木村翔太先生
附属世田谷小学校 教諭 名渕浩司先生
[主な内容]
外国語(英語)の学習のために、「マグナとふしぎの少女」というミュージカル鑑賞をきっかけに、教室での授業や家庭での学習に関連する動画やアプリを取り入れるという産学協同の取り組みを紹介しました。
[ポイント]
学び方が全体から個別へと移行する中、タブレット端末とアプリを与えればそれだけで個別学習が成立するというのではなく、子どもの意欲を高め個別学習への流れを作ることが先生の大事な役割になるということが示されました。また、コミュニケーションのための英語力に大切なのは「form(音声や発音や文法などの型)、meaning(意味)、function(どういう機能がありどんな場面で使われるか)」だそうで、なかでも「function」の部分を授業の中で設定するのが難しいそうです。日本人同士で英語で喋るという状況自体が自然ではないので、むしろ劇というフィクションがある方が英語を喋るための状況設定ができるという指摘にはなるほどと思いました。状況の中で使った英語は記憶にも残りやすいという効果もあるそうです。
実習生があえて新分野のプログラミング教育に挑む意義
東京学芸大学 教育学部3年 伊藤美羽さん
東京学芸大学 教育学部3年 田川莉さん
附属小金井小学校 教諭 鈴木秀樹先生
[主な内容]
例年大勢の教育実習生を受け入れる附属小学校で、2人の実習生がプログラミングの授業に取り組みました。指導にあたった小学校の先生からの考察と、実習生自身から授業についての発表がありました。
[ポイント]
きっかけは、情報教育を学ぶふたりの実習生がぜひプログラミングの授業をしたいと希望したことでした。とはいえ実習中にやるべきことは膨大なため、新しい領域の授業に取り組む余裕が実習生にあるかどうか、指導の鈴木先生は内心心配だったと言います。そこをあえて任せてチャレンジすべきと判断した結果、これがむしろ学生にとって、授業作りの非常によい学びのチャンスとなりました。国語や算数など従来の教科には優れた指導案も先行事例も膨大にあるのですが、プログラミングの場合、先行実践が圧倒的に少なく、よい授業への道筋を自分でイチから考えて作るしかありません。「授業設計とは?」という全ての教科に共通する基本に立ち返り指導計画を組み立てる経験になり、他の実習生にも良い刺激になったそうです。なお、学生が実施したScratchを活用した授業内容は、情報系の専門知識があるからこその視点で目的が整理されていて、かつ、小学生に無理のない自然な流れに感じられ好感が持てました。
初心者の先生でもここまでできる!
東村山市立富士見小学校 教諭 山田悟先生
[主な内容]
プログラミングの全くの初心者だった先生が、今年の4月からプログラミング教育に取り組み始めた軌跡を発表しました。
[ポイント]
多くの先生が、プログラミングのことなんて全くわからず、英語もあるのにプログラミングまでどうしよう!と思っているのが、現実でしょう。そんな「ふつうの先生方」に勇気を与えてくれる内容の発表でした。山田先生はプログラミングに取り組み初めてまだ1年未満で、もともと知識があったわけでもありません。それでも情報を収集し、自分で試し、他校の先生に相談し、民間のICTサポーターの力も借りながら、さまざまなプログラミングの授業をやってきました。6年生ではこれまで10時間確保し、アンプラグドの人間プログラミング体験から始まり、Viscuit、Hour of Code、アーテックロボなど、子ども達が段階的に体験できるように進めてきました。山田先生はもともと不安しかなかったそうですが、「やってみるとどうにかなる」というのが今の強い実感だそうです。実は、小学校で扱うような初歩のプログラミングというのは、小6の学習内容がわかる大人が理解できないような論理構造のものはありません。やってみるときっとそれに気付くことができるはずです。
プログラミングへの取り組みから見えてきた学びの質の課題
小金井市立前原小学校 教諭 蓑手章吾先生
[主な内容]
プログラミングやICT活用に熱心なことで知られる前原小学校の取り組みを通して見えてきたことや課題が共有され、プログラミング教育をきっかけに「新しい学び」を創りたいという方向性が示されました。
[ポイント]
プログラミングに取り組む中で見えてきた子ども達の様子から、それらに抵抗感をもってしまいがちな先生の感覚を問い直す問題提起がされました。例えば、「クラス全員に同じ課題に取り組ませたいと思いがち」「子ども達が大笑いして楽しんでいる様子を見ると遊んでいるのかと不安で、どこかで歯を食いしばって頑張る姿を見たがっているのかもしれない」「自分が教えなければいけないと思い込みすぎている」などがあげられました。このあたりは親としても身に覚えのある感覚で耳が痛いところです。
また、子ども達からプログラミングの現場でよく聞く発言を紹介し、子どもの力を伸ばせているのかどうかと警鐘を鳴らしました。例えば、「○○やってもいいですか?」と何かと許可を求めてくるのは失敗の経験や自分で決断するという経験をあまりにもさせてこなかったのではないか、また、自由に作るシーンで「作りたい物がありません」と言うのは、課題を与えるばかりで自由に作る経験が足りず自分で限界を設けているのではないか、などの指摘です。これらの問題提起や警鐘はプログラミングに限らず他の授業においても共通する課題であるはずで、それらがきれいに浮かび上がってきたと言えるでしょう。
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閉会にあたって、東京学芸大学地域連携担当副学長の松田恵示先生は、産学協働の教育インキュベーションセンターを学内に開所する予定であることを紹介しました。従来の教育の枠組みを問い直す動きを、教員養成で歴史のある東京学芸大学が率先して行うということは、力強くもあり、大きな意義があると感じます。
それぞれ実践内容は違っても、新しい授業のスタイルに積極的にチャレンジし、そこで得られた新たな視点や問題点について共有されたのが印象的です。世界が猛スピードで変化していく中で教育のあり方も変わらなければならないという意識の一端が見えてくるフォーラムでした。一つ一つは小さな動きでも、情報として共有され、大きな動きとなっていくことを期待します。
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